Sのつれづれ日記

 ここでは日々の出来事や思ったことなどを中心に書いていきます

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ハリー・ポッター

 シリーズ(小説・映画とも)を読んで、見てます。

 面白いですね。小説は5巻と6巻を読めてませんが(図書館にある5巻ずっと貸し出し中です。上下あわせて4000円だもんなー・・・原著も相当分厚いらしいし、活字で世界3億部ってちょっと類例がないのでは?)、小説は4巻までと、映画は3作目まで見ました。

 ハリー役のラドクリフ君をはじめ、ハーマイオニー・グレンジャー役のエマ・ワトソン、ロンことロナルド・ウィーズリー役のルパート・グリント君、1作目から、4作目のカットをみると、ほんと成長してるなー。ラドクリフの大人びた顔になっていくさまは、原作が7作で完結するので、映画も7作とすれば(あと3作。年齢的には、ホグワーツ魔法学校第1学年《10歳》から第7学年《17歳》だと思われる)とても最後まで、原作設定年齢に違和感なく演じ続けることはできないだろう、と思うほど。4作目で限界の気がする。5作目の撮影に入ってるようだが・・・
 ハーマイオニー役のエマ・ワトソンは極めて順当に容姿上の成長が見られる。原作でも、くだらない理由で喧嘩したハリーとロンとの間にあって、絶妙のバランス感覚で、男の子より女の子のほうが精神的成熟が早いことを示しているが、エマ・ワトソンは第1作目では「あと10年すればかなりの美人になるだろうな」という少女であり、4作目、あるいは最近の写真を見る限り「あと5年すれば美人になるだろう」という風に原作の年齢に違和感なく成長している。あと、2,3年で映画全部が撮り終われれば問題ないだろう。
 で、ロン役のルパート・グリント。この子も、相当成長している。体は4作目ではもうマッチョだ。赤毛に緑の瞳が鮮烈で、カットによってはハンサムだが、最後まで演じられるだろうか・・・
 
 ともあれ、原作は後1作で完結だが、映画も最後まで、主要キャストを変えることなく製作されれば、映画史上稀な、まだ幼児とさえいえるような年齢から青年期への移行を、つまりは成長物語をかつてないスケールで描いた作品にもなるかもしれない。非常に楽しみだ。

 harry_potter_22.jpg

 超愛くるしい顔が
p300200harrypotter4-098.jpg


  ですよ。いや、十分普通だし、眼鏡をかけてない違和感がるのは間違いないんだけど、ハリー・ポッター、そして設定年齢に見合うかどうか・・・

 さて、映画4作目「炎のゴブレット」見ますか。この話は、ハリーが思春期男の子特有のイライラ・キれる描写がある(前作も少しあったが)のでイタイのですが、ダンス・シーンは楽しみだ。
 ロンよ、あんな可愛いハーマイオニーを「最後の手段」として誘うのはなしだよ。そりゃ、ハーマイオニーだって「今度からは最後の手段としてじゃなくてちゃんと誘ってよ!」って怒るし、先に相手見つけるよ。もっとも、エマ=ワトソンが、ロン役のルパート・グリントとキス・シーンがあったら「ルパートは家族みたいな存在だから兄にするようなものになってしまうわ」ってコメントしてたけど、原作のロンもハーマイオニーにそんな感じだったのかな。この作品に関してはあまり恋愛描写してほしくないなー。「のだめカンタービレ」がコメディ路線を守って恋愛路線に行かないのに好感をもってるので、淡いもので終わらせてもらいたい。

 でも5巻・6巻結構な恋愛描写ありそうなんだよね・・・そりゃ、普通の10代半ばの男の子は綺麗な女の子に恋をするものであるし、女の子はさわやかな男の子に恋をするものではあるが・・・
 
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  1. 2006/05/31(水) 21:39:30|
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ボンにあるベートーヴェン像

 ボンにあるベートーヴェンの像に、サッカーWカップのためボンにはいる日本代表のユニフォームが着せられる可能性があるようだ。

 心ある日本人なら「恥ずかしいし、ベートーヴェンを愛するドイツ国民や世界の人々に日本の悪印象を与えかねないからやめてくれ」と思うだろう。私もそう思った。

 しかし、これはスポーツ紙を立ち読みして得た情報だが、記事中にちゃんと「ボン市民、ドイツ国民、さらにはベートーヴェンを愛する世界中の人の心情に配慮する必要はある」と記されており、さらに「それでもやる価値はある」と書いてあって、ボン市当局への申し入れは済んでおり「なかなか面白いアイディア」と当局者もいってるらしい。いいんじゃないか?と思えてきた。

 ベートーヴェンの像は2・5メートルで、楽譜を持っており「サイズと、どのように着せるかが問題」らしいが、お祭りだしいいのではないだろうか。
  1. 2006/05/31(水) 20:06:01|
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面白いデータ発見

 
http://blog.livedoor.jp/feckyon/archives/14685464.html


日本人の戦後の平均身長の推移を何気なく知りたくなって「日本人 平均身長」と検索したら、主要国の最近の平均身長のデータが載ってる上記ブログを見つけた。

 アメリカ以外アジアだが、一番高いの韓国人なのね・・・というか、同じ民族である北朝鮮との差に愕然。8cm以上って・・・日本の戦後の平均身長の伸びと同じ位の差だよ。あきらかに、栄養状態と食事の欧米化の度合いが身長をかなりの度合いで決定しているのが見て取れる。金正日よ、北朝鮮軍を屈強にしたいなら、幹部に富を集中させて毎年100万人も餓死させないで、どんどん富を分配して食事を欧米化しないと。日米はおろか韓国にも勝てないぞ。まあ、あなたが太ればいいのか・・・
  1. 2006/05/30(火) 19:45:17|
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嘘だといってよバーニィ・・・

 機動戦士ガンダム0080を見た。泣いた。いいですね。戦争に憧れる、中立コロニー(宇宙植民島)に住む少年アルフレッド・イズルハ(アル)。そこにふってわいたジオン軍の潜入とジオン兵バーナード・ワイズマン(バーニィ)との出会いと友情。弟のようなアルに、戦果があるようにかっこつけるバーニィ。単純に信じて、戦争に加わる(といってももちろん使い走りのようなもの)アル。しかし、連邦軍の新型モビルスーツ(人型機動兵器)の破壊がバーニィ達の潜入部隊のみでは不可能と知ったジオン軍はコロニーごと核兵器で破壊しようとする。それを阻止するため、バーニィとアルは新型モビルスーツアレックス・ガンダムを核攻撃の前に破壊しようとする。
 母親と父親が仲直りして列車で一緒に帰る途中、父と母との会話から、核攻撃に向かっていたジオン艦艇は、連邦軍に撃沈されたと知るアル。もう戦わなくていいことを知りバーニィに伝えようとするが、ときすでに遅く、反撃に新型に乗って出撃してきたのは、アルの家の隣の住民で、バーニィとも面識をもって互いに憎からず思ったクリスチーナ・マッケンジー(クリス)だった・・・
 戦争に憧れていた、中立コロニーの少年が、若い兵士と出会い友情を通わせ、最後に、コロニーを守るために、戦ってくれる存在を失ってしまう物語。バーニィは明らかに弟のように見ていたろう。核攻撃が行われるとしって、自分が何の戦果も挙げてないことを告白し、アルにも逃げるようにいうバーニィ。しかし憧れのバーニィの言葉を信じようとしないアル。一旦逃げるが、思いとどまり命を懸けて散るバーニィ・・・アルは、「コロニーを守るためにガンダムと戦う」といったバーニィに「大好きだよ、バーニィ」(英語音声では"I love you Barnny《「バーニィ」のつづりがわからんが・・・バーナードはBernard、だからBerny,Bernny,かな?》"でそのものずばりだったな・・・声が低めなのであまり好きでないが。吹き替えやった英語圏の人これに感動しなかったのかなあ?)という。胸が締め付けられる。「自分が死んだら見るんだ」といって渡されたディスクの映像を見て、そのあと戦争が終結した後新学期が始まるので始業式にいくが、何のとりえもない凡庸な、終わった戦争に対する校長の話で号泣してしまう。凡庸だが、それだけに体験者には身にしみたのであろう。友達のジェイとテルコッドは「楽しい」戦争が終わってアルが泣いたと思って、「またでっかい戦争があるさ」「そうすれば今度はもっと凄い武器とか拾えるかもしれないぞ」と慰めるが、無論傷心のアルに届く言葉ではなかった・・・

 これをみると「0083」のガトー少佐は独裁制支持の大量虐殺者だ。何が「再びジオンの理想を掲げるために!」か。「信念に殉じた熱い男」など有害極まる。ちなみに残念ながら音楽は0080はたいしたことはなかった。
クリスはバーニィと戦う前に市街戦をやり、バーニィの所属部隊の一人を殺し、数百名の人名を損失させたが、刑事がかぎつけてクリスに連邦のことを問うが、ノーコメントで通す。「戦わなければもっと多くの人が死んでいました」というクリスに「死んでいい人間なんてどこにもいないんだよ。数の問題じゃない」と脇役が人道的な台詞を吐くのもよい。クリスは反論できず押し黙る。
 「多数のために少数を犠牲にする」という、一見大人な主張は、銀河英雄伝説にもあったが、同じ銀河英雄伝説にある「貴様ら権力者はいつだってそうだ!多数の人間を救うために少数の人間を犠牲にしたといつだってそういうんだ!だがその少数のなかに貴様らの家族や貴様ら自身が含まれていたことがいちどだってあるか!」という、暗殺者の台詞で無効にできよう。「権力者」を「戦争を思想的に主導する文化人・言論人」などと置き換えても可。「戦争に行く覚悟はある」とのたまうやつもいるようだが、ガダルカナルにでも行って餓死してから言えと思う。自分の子供すら殺して食う状況なのだぞ、飢餓というのは・・・最前線の兵士に補給を確約できない国家は戦争をすべきではない。少なくとも補給が不可能になった時点で引くべきだろう。
 「死がそんなのいいものなら止めはしないから一度死んでみればいいじゃないか。なんでそんな奴に限っていつまでも生にしがみついているのだろう」(ヤン・ウェンリー。銀英伝は応用範囲の広い言葉にあふれてるなあ。これは輪廻転生論者に言った言葉だが・・・)。
 
 
 で、いいですね、0080。男の子役は女性が声を演じることが多いのですが、この10歳のアル少年の声は、男の子が演じてます。変声期前の男の子の声ってこんな可愛かったのね。傷心のアルを、父親か(本当の父は「最近落ち着きが出てきたんじゃないか」と妻に言ってるが・・・)兄として抱きしめて慰めてやりたかったなあ。小説版だとバーニィが生き残るらしいので、注文してしまいました。

 ああ、可愛い弟ほしかったな・・・ 

 
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005EDOI/qid=
1148980402/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/250-3217413-4763447
  1. 2006/05/30(火) 18:15:02|
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オペラの問題

 日本人クラシック愛好家にとってオペラの問題は大きいだろう。
 交響楽を聴く人間は、いかに日本に限らず非欧米圏においてマイナーな音楽ファンだと自認していても先進国においてはもはや一定数存在するが、オペラは、ラテン語、イタリア語、ドイツ語、その他の言語が入り乱れて、しかも大交響楽すら軽く上回る演奏時間のため、オーディオソフトだけでは理解しきれず「オペラはわからん」となってしまう。おまけに一部を除いて、古典として残っているオペラはくだらない三文恋愛劇が台本のものが多いため、質の高い日本のフィクションに慣れた私などはほとんど興味が出ない。モーツァルトのオペラは筋書きだけでげんなりしてしまい、見る気がうせる。クラシックファンが何となくいいそうな、現代日本のくだらないTVドラマそのものではないか。ワーグナーの「ニーベルングの指輪」とかヴェルディの「アイーダ」、恋愛ものだが、綺麗な感じのする筋書きのドヴォルザークの「ルサルカ」、タイトルしかしならいがチャイコフスキーの、大河ドラマっぽい感じのする超マイナーな「ジャンヌ・ダルク」などしか興味が持てない。しかも音声ソフトでの鑑賞はまず無理で日本語字幕がついたヴィジュアル・ソフトでの鑑賞が必須だ。
 そこで多くの音楽ソフトを残したカラヤンに期待するのだ。交響楽・管弦楽のみで彼を評価しても、それは彼のせいぜい半分しか見ていないのは明らかなのだ。交響楽のみで彼を評価してわかったふりだけはするべきではない。わかったふりほど恐ろしいものはない。
 しかし、彼は「指輪」も、「ルサルカ」も、もちろん「ジャンヌ・ダルク」も映像としては残してくれなかった(「指輪」は録音はあるが、15時間も音だけで聞いてられるかよ・・・)。そんななかで「カルメン」だけは、痴話喧嘩ものながら、音楽が素晴らしいので、彼の映像があることもあり、見てみたいが。あと筋書きはつまらなそうだが、クライバーが絶賛した「薔薇の騎士」(ローゼンカバリエ。「銀河英雄伝説」の、亡命帝国貴族で構成された白兵戦連隊は同じ「薔薇の騎士」でも「ローゼン・リッター」となってなる。カラヤンは騎士-「リッター」の称号を持つ貴族の次男である)も見てみたい。特に、カラヤンの最も早いカラー映像と思われる、DVDになってない1960年に、彼の最初の音楽映像作品版(1980年代の映像もある)の「薔薇の騎士」は単に彼の最も若いカラー映像を見たいので見てみたい。早くDVDにならないだろうか。
 
 カラヤンはオペラ。「カルメン」くらいは見ないと・・・
  1. 2006/05/29(月) 23:48:02|
  2. 音楽
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日本の作曲家

 存命中の日本の作曲家で注目している人。

 ・三枝茂彰 彼の純音楽作品は何一つ聴いていないが、Wikiによれば純音楽には12音技法使用をはじめとして前衛的作風だったが1990年代には、「それまでの音楽パラダイムを否定するだけの、人の心に届かない前衛音楽」から手を引き、「調性をもった美しい旋律」の音楽を純音楽でも書くようになったようであり、私が愛してやまない、Zガンダム(1985年)、ZZガンダム(1986年)、そしてなんといっても1988年の「逆襲のシャア」!「AURORA-オーロラ-」と題された、地球人類図るをはかるシャアが落とそうとする小惑星の軌道を帰るエンディングの何と感動的なことか。あの場面だけで泣ける。ほかに「Zガンダム」から抜粋編曲した「交響組曲Zガンダム」は超傑作!交響組曲ドラゴンクエストシリーズより好きかなー、今は。そして彼はモーツァルトの未完の作品を輔弼・完成させるためオーストリア政府から以来を受けてそれを完成させている(※モーツァルト・三枝成彰:ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための協奏交響曲イ長調KV.320e《anh.104》)音楽家でもあり、かなりの技量を持っているようだ。女性にもてるらしいが、そんな彼もいまでは「ポケモン」とかの曲を演奏するアマチュア・オケのコンサートの司会をしたりしている。「交響組曲Zガンダム」のライブDVD出んかなー。純音楽作品も聞いていきたい。新国立劇場のオペラのレパートリーに「忠臣蔵」が入るそうだが。ヴァイオリン協奏曲「雪に覆われた伝説」は確か地元交響楽団の依属作品であるはずなので聴いてみたい。
 格安クラシックCDレーベル、NAXOSの「日本作曲家管弦楽曲選集」にもリリース予定作曲家として名前が挙がっている。どの曲が収録されるのであろうか?吉松隆よりはるかに楽しみだ。買わない可能性のほうが高いが・・・
 そういえば史上初めて日本語の歌詞によるレクイエム(ブラームスの「ドイツ・レクイエム」風にいえば「ヤパン・レクイエム」とも言えるかなー?)を作曲してたはず。早く誰か作れと思ってたが、作ってたのね。
 「Zガンダム」は去年から今年にかけて映画3部作にまとめられ、三枝も音楽を新たに追加したが、その中で主人公カミーユ・ビダンたちの母艦アーガマのクルーに「サエグサ」という東洋風の要員がいる。三枝からとったという。2部までしかみてないが最後においしい死に方をするとの情報を得たのでそれを楽しみのひとつにしてみてみるか。TV版はどうだったかなー、サエグサはいたけど・・・

 ・千住明 なんといっても2004年版「砂の器」の、ピアノ協奏曲「宿命」が大当たりだ!純音楽もその経歴(三枝茂彰や、その一年後輩であり悪友でもあるらしい池辺信一郎《カラヤンきらいだって言ってたらしいなあ。聴衆に媚びてるっていってたか。でも、かっこいいね、半分くらいの人は好きだろうし、いいんじゃないとまできちんと言ってるのは人柄だろう。交響曲も三枝や千住が1曲しか書いてないのにこの人は7番まで書いてるのね。カラヤンは媚びてたというより「押し付けた」人だと思うが・・・ただ1973年の来日映像を持ってるが、「日本は第2の故郷、我が家も同様で、ヨーロッパと行き来してるだけです。最初の来日で受けた衝撃は人生最良のものでした」というのは日本人としては赤面ものだが、これをこびてるというのかなあ?意外といい奴では。それに自国では下記のようにほとんど聴衆に頭を下げてないし。いまでも「N響アワー」でおなじみのNHKホールのカラー映像でドヴォ8の第3楽章やワーグナー「愛の死」、「タンホイザー序曲」をベルリン・フィルと練習してるのを見れるのは感慨深い。彼には似合いすぎる黒のタートルネックと灰色のジャケットの私服で上智大学のサークルオケを指導してたり、《曲はベートーヴェンの第9の第3楽章か?「ファースト・ノート・オンリー」とか「レガート」とか言ってた》 73年だから容姿的にも最盛期でありかっこいいなあ》、坂本龍一らと同様に東京芸術大学大学院修了。三枝茂彰と同じく、首席での修了である。修了作品「EDEN」は史上8人目の、東京芸大買い上げとなり永久展示されているそうだがどんな作品だろう?オペラ?宗教劇?)からいっても当然書いており、去年初演された「交響曲第1番」は是非聴いてみたい。
 またこのひとも、ガンダムのための音楽(1993年、「Vガンダム」。)を手がけ(見ていないのでほとんど聴いてないが)、この音楽の中から交響組曲第2番(第1番はべつにあるそうだ)「THOUSENT NESTS(サウザント・ネスツ=千の巣。命名者は次に述べる富野氏)」。ガンダムの監督の富野由悠希(とみの・よしゆき)は、きわめて独特でユニークな口調で話すひとであり(ガンダムはそれをそのまま脚本に投影させたかのようなキャラクターの会話のアニメであり、一見「巨匠」然としている宮崎駿は実はミリタリーオタクでロリコンだし、中村光子の1988年の「チャイコフスキー・コンクール」という本(質実剛健な筆致で、この時点ですでに「中国音楽の極めて長い伝統に気づかず不明を恥じたと記し、中国人音楽家の台頭を「必然」として予想していた。またN響にマゼールや他に2,3人の著名な指揮者を挙げて「経済大国である今のうちに彼らを日本最高の楽団に招くことも将来できるだろう」とも言っていて、名前を挙げた人ではなかったが結果、デュトワとアシュケナージが来た。この本でホロヴィッツは練習に着たアルゲリッチを返さずそのまま情夫にしてしまったとか、「ホロヴィッツに猫の知能ほども期待している奴はいないよ。しかし彼の演奏はすばらしい。そうだろ?」などという文言があったり、ワーグナーは女装趣味であり、シューマンやスメタナは狂死し、チャイコフスキーは同性愛者(これはいいが)で極度に神経症的であり、ベートーヴェンは気難しく、創造的芸術家に変人が多いのを再確認させられる)

 ・すぎやまこういち ご存知コンピューター・ゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの作曲者。手がけたすべてのドラクエタイトルを交響組曲化して、しかも実演しているのは偉大である。ライブをDVDにしてもらいたいものだ。「弦楽四重奏によるドラゴンクエスト」「金管五重奏によるドラゴンクエスト」を入手。

 ・植松伸夫 すぎやまとともに「日本ゲーム音楽の二大巨匠」といわれるという(Wikipediaより)。その魅力は旋律美にあろう。ゲーム音楽に主題歌を持ち込んだ先駆者か。近年積み重ねてきたファイナルファンタジーの音楽を初めとして、その音楽財産をライブ活動で問う(オーケストラコンサート、ロック系へのアレンジ、また2005年に、アメリカ各地で行われたオーケストラ・コンサートで見られるように両者の共演など新しいコンサート形式までさらりと生み出した。2005年のアメリカコンサートは「MORE FRIENDS」というアルバムにロサンゼルス公演の模様が収録されている。かの地の聴衆は「悲しすぎる」という理由で一旦NGとなった、ファイナルファンタジーX全てを象徴する「ザナルカンドにて」のような曲ですら「フォー!」と喝采)
 来月6月21日に、今年2月にパシフィコ横浜で行われた、「VOICE」という「歌」を中心にしたファイナルファンタジーのオーケストラ・コンサートのDVDが出る。ファンクラブ会員にのみ配られた2004年の新日本フィルとの東京公演の純然たるクラシックコンサート風のDVDとあわせて2枚目。このDVDはPOP系コンサートのように派手な舞台効果が見られるようだ。・・・ってかその2日後、6月23日に、カラヤン、ベルリン・フィル初来日(1957年)、カラヤン、ウィーン・フィル最初で最後のコンビ来日のDVD出るじゃん(泣)。金ねー・・・orz

・菅野よう子 あまり知られてないが、アニメ・ゲーム系の音楽で絶大な支持を得ているようだ。ゲームやアニメの音楽はTV番組にかなり使用されてるので名前は知らなくても彼女の曲を聴いたことのある人は多いという。パリのコンセルバトワールに留学しながらなぜか大学は早稲田。この人もガンダムの音楽をやっていて(∀《この字どうやって出すんだろう?いちいちコピー&ペーストしてます・・・》ガンダム。このエンディングテーマの谷村新司の「AURA」の伴奏はすごくよい。最初は弦楽四重奏曲が始まったかと思った。でも、歌でストリングスの伴奏がいいのは、演歌っぽいか。演歌好きか私は?。日本で数少ないオーケストレーションがうまい女性作曲家だと思うので、「交響組曲∀ガンダム」を作曲してくれれば、とおもうのだが)
 千住の交響組曲第2番(上記のVガンダムからの抜粋編曲)ではピアノを受け持っていたようだ。

 ・久石譲 いわずと知れた宮崎アニメの作曲者。三枝や千住と同じように純音楽の仕事もしている(今は知らないが、若いころはライヒの「ミニマム・ミュージック」に影響を受けていたという)
 天空の城ラピュタ、交響組曲「もののけ姫」(演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団。このオケとロンドン・フィルあたりが日本の映画・アニメ・ゲーム音楽家が使える外国オケの限界か。ウィーン・フィルとベルリン・フィルには永遠に届かないのか?)など、今まで挙げてきたほぼ全員に共通しているが、実に甘美で簡潔な、チャイコフスキーやドヴォルザークのような旋律美を根幹とする。演奏に当たってはともかく、音楽創作にあたっては私にとっては旋律創作能力(チャイコフスキーはそれを霊感と同一視している)が最も重要だと思う。

 蛇足:坂本龍一 一本1000万円といわれるCM音楽に期待(?)。オーケストラを指揮するに際してカラヤンのビデオを見て練習したらしい。そういえば1950年代に来日したカラヤンの映像(6月23日に出るDVDの一部が以前TV放送されていたのでDVDにしてある)をみて坂本龍一に似てると思った。
 禿げれば説得力なくなるのに・・・

 今日は長いですよー。「存命中の日本の作曲家」についていったので、相変わらず(顔を)崇拝するカラヤンさんについて述べましょう。

 Wikipediaには、本気になった(めったに本気にならないという人もいるのかもしれないが)カラヤン-BPOの凄さを伝える映像として1977年12月31日のベートーヴェンの第9のハンフリー・バートン監督による(6,7年前のバーンスタインのマーラーの撮影ではまだまだアングルがこなれていなかったが、この第9で完璧にライブ撮影の名手になったといっていいだろう)ライブ録画の見上げているが、同じハンフリー・バートンによる1982年のBPO創立100周年記念のベートーヴェンの「EROICA」も絶対に特筆されねばなるまい。さらに一連のジルベスターコンサートは楽しい。(1979年以外のジルベスターコンサートは肉体的・容姿的にはかなり衰えてしまっているが、人格的にはより丸くなっているようだ)カラヤンは自国では聴衆に頭を下げなかったといわれているが(77年のコンサートでは下げている)79年のジルベスターコンサートではにこやかに周囲を見回すが確かにぜんぜん下げてない。82年の英雄、79年のドビュッシー「海」他でも、ワイセンベルクとのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番でも同様だ。日本では深ぶかと下げている。また、彼がBPO,VPO以外を振った珍しい映像ヨーロッパ・コミュニティ・ユース・オーケストラでムターを独奏にベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を振った映像は、若い人たちに英語でリハーサルをしている点でも貴重なもので、ラトルが言うように「CD(だけでなく広くパッケージ・ソフトのことも言っているのだろう)の市場にはネットのせいで限界があるが、リハーサルに聴衆を入れてどんな風に音楽ができてくか見せるのは有意義だ」と延べ、事実BPOと来日したとき人を募集して見学させたようだが、ライブではないがウィーン響とのシューマンの第4の長時間リハーサル撮影も含め、映像面での貢献は計り知れない。この前具体的に知ってこの20年の変化と普及速度とフォーマットの変化の早さに驚いたが、家庭用VTRが普及しだしたのさえ、カラヤンの最晩年の1980年代中期からだという。その後VHSと平行してLD、そして今ようやくDVDが先進国で普及し終わったばかりだというのにもう次世代DVDのブルーレイとHD DVDであり、さらに、いまのデジタルハイビジョン(これをDVDに入れるのは不可能なため次世代DVDが必要なのだが)は走査線1125本だが、NHKではそれをさらに数倍上回る走査線4000本(!)の「ウルトラ・ハイビジョン」なる規格を開発中であり、デジタルハイビジョンでさえ拡大すると見える画像の粗さがほとんどなかった。音楽ソフトでは次世代オーディオ・フォーマットであるDVD-AUDIOあるいはSACDがなかなか普及していないのに、いやはや画像への欲求は尽きないようだ。最終的には完全な立体映像の開発と普及まで突き進まざるを得ないだろう。
 カラヤンについてだがこれからカラヤン・ライブが出てくるにつれてどんどん評価がかわるだろう。来月には1950年代のライブ映像がDVDででるし(ステレオ録音が多いし)、死んでからもこれほど売れている(実数で)指揮者などおるまい。売れてるから「芸術的に高い」「精神性がある」とはいえないのだろうが、忘れ去られないところは偉大だ。そもそも芸術性・精神性とは何であろう?カラヤンは顔を見ているだけで感動的だ。ありがたいことにお亡くなりになっているので単純に憧れるだけで、嫉妬の対象にはならない。あの髪型はかっこいいので(一歩間違えばマフィアのボスっぽいが。そういえば前記の中村光子の本で、カラヤンは1982年に女性楽員をBPOに入れることにして大揉めにもめたのに、1979年の北京での記者会見でどうしてBPOには女性楽団員がいないのかといわれ「女性はオーケストラなどにいないで台所にいるべきである」と答えたそうだ。傲岸不遜な態度だし、金持ちである彼の夫人が自ら台所に立っていたとは考えにくいが、その3年後に女性擁護の旗手みたいに扱われるとは皮肉だ)真似したいが、形のよい頭部と微妙に陰影に富んだ髪の色でこそ映える。若い頃オールバック一点張りだったのに髪豊かだから飽きたんだね。
 
 さて音楽で彼より感動させるのは少なからずあるのだろうが、同じ曲をいくつもそろえるのは金がかかるし、事前の入念な下調べと場合によっては入手に極めて手間がかかる。カラヤンで「だいたいは」いいと思う。ベームのレクイエムの映像DVD(DVDで初出)を買ってよかったけれども、彼は日本では死後凋落した指揮者の代表格らしく(欧米では最晩年に「終わった人」と見られていたそうだ)。CD店ではあまり手に入らないそうだ。ヴァントとかクライバー(カルロスの方、とか言ってみる)とか死んだけどどうなんだろ?クライバーはカラヤンを絶賛していたね。カラヤンもクライバーを天才だといってたんだってね。

 久しぶりに書いたら疲れた。たぶん、上記の富野由悠季の小説ばりの悪文だと思う(リズム的に読みづらい、話が飛ぶ)
 暴走族の頭みたいなカラヤン、EMI,バルトークのジャケ

唐突に画像を引用してみたが、これが「深夜のコンビニに集結した暴走族の頭(かしら)」みたいなカラヤンか・・・!
  1. 2006/05/28(日) 17:32:20|
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