Sのつれづれ日記

 ここでは日々の出来事や思ったことなどを中心に書いていきます

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一応お答えを

>いまだ南北に引き裂かれた悲劇の民族に。その要因を作った大日本帝国の末裔たちが。

僕は「嫌韓流」は読んでいないので、何が書いてあるのか知りませんが、朝鮮が南北に分かれている要因が、何故日本なのか理解に苦しむ。

ここは詳しい見解を希望したい(^^)ノ

 大日本帝国が滅亡することでやはり植民地に過ぎなかった朝鮮半島、台湾、樺太などを失い(国家の滅亡につきものの領土縮小といえよう)、特に中華人民共和国に隣接する朝鮮半島に「政治的空白」が生まれた。抗日の英雄(を自認する。無論どこまで陣頭指揮したかはわからないが・・・)キム・イルソン率いる共産主義と日本を占領統治(異民族による、全国家的な支配を受け、それまでの政治体制を根本から変える施策《神聖不可侵、陸海軍を統帥する天皇の政治的権限は一切なくなり、世界でも独特の「象徴君主」を生み出した。日本国憲法の下では主権は天皇から国民に移り、男女普通選挙も実施され、学術・言論・思想・宗教の自由が憲法によって保障された。しかも「法律の定る範囲において」各種の自由を認めた大日本帝国憲法と異なり《法律でいくらでも自由を統制できる》、日本国憲法下では憲法にある国民主権、基本的人権の尊重、言論・結社・思想信条の自由・宗教・学術に関する自由などに反する法律は効力を持たない。それをたてに一市民が国家を訴えることもできる。民主国家における「建前」がどれほど重要かは言うまでもない》を採られることをも、「国家滅亡」の定義に入れるべきだと思うのだが、その意味でも単に「国号の変更」ではなく大日本帝国は、やはりアメリカに支配された時点では滅んだのだ)しているアメリカ主導の国連軍が激突した。これは、韓国を併合し、「植民地ではなく日本化」できなかったからこそ、朝鮮民族の自主・独立を戦前から認め、近代化をあくまで「独立国家同士の交流」として行わなかったからこそ(欧米列強にこのようなことを「遅れた国」にやったのは類がないであろう。こういう独創性を大日本帝国が持っていればね~。中国にも同じことをしていればそれこそ「大東亜共栄圏」が戦前に現出したかもしれないのにね)、共産・資本主義両陣営が朝鮮半島の戦後の政治的空白につけこんだ内戦に発展させたのであり、日本が朝鮮半島を併合でなく独立させてやれば朝鮮人は、日露戦争(戦場は中国!!はた迷惑な話だ)の勝利の結果ロシアの脅威もかなり遠ざかっている以上、統一された状態で近代化を図ることができたはずである。したがって「南北分断の悲劇、その直接的原因となった朝鮮戦争勃発」の責任は1910年の朝鮮半島併合と所詮完全に日本領として連合軍に認められなかったくらいにしか「皇民化」できなかった大日本帝国の施策にあるのであり、大日本帝国が「無条件降伏」して朝鮮半島をほっぽりだし(ソ連の侵攻で、民間人を守るべき関東軍が民間人をおしのけ我先に逃げたのと同様―無論任務に準じた無名兵士もいたろうが全体として―)、南北にソ連とアメリカが分割統治するような結果になったのである。
 ―「銀英伝」よりチュン・ウー・チェン大将のヤン・ウェンリー評「ヤン・ウェンリーは何かと欠点の多い男ですが、何者も否定できない美点をひとつ持っています。それは、民主国家の軍隊が存在する意義は市民の生命を守る点にある、という建前を本気で信じていてしかも一度ならずそれを実行していることです」彼の言葉に答える、同盟最後の戦いに望むビュコック元帥。「そう、貴官の言うとおりだ」「エル・ファシルでもそうだった。イゼルローン要塞を放棄するときでもそうだった。一人として民間人に犠牲を出しておらん」
 歴史は、ヤン・ウェンリーを、ラインハルト・フォン・ローエングラムに匹敵する、あるいはそれ以上の戦争の芸術家として記録するだろう。だが、それ以上に後世に向かって語らねばならないことがあるのだった―
 関東軍の卑劣な行動は所詮大日本帝国が自国の軍隊を専守防衛でなく、侵略的攻勢用(外征用)にしていたことを示唆もするだろう。
 

 関東軍の、史上最悪の民間人を見捨てての逃亡という醜態は、大日本帝国が民主国家などではなかったことの、象徴的な暗喩であろう。およそ、軍隊の存在する唯一の積極的意義―民間人の生命を守ること―を放棄したのだから。関東軍は弱者にたいして傲慢であり、強者に対して卑屈であった。(ヤン・ウェンリーの軍隊評―被保護者のユリアンに「軍隊は2種類ある、わかるかい?」「支配し弾圧するための軍隊と、解放し自由を得る手段としての軍隊だ。しかし国家の軍隊というのは基本的に前者なんだよ」―)
 まあ、大日本帝国の上記のような、中途半端な、結局は「日本」と認められない民族と国家を、欧米列強の悪いところばかり真似て追い詰め(1895年閔妃《明成皇后》が日本公使三浦梧楼らによって殺害される=これなど日本がやられたら徹底的な殲滅戦が朝鮮に対して行われていたでしょうな!、第2次日韓条約による外交権の剥奪、第3次日韓協約、続く韓国軍の解散など)ついには併合した、このこと自体がすでに朝鮮戦争の原因なのですよ。少なくとも原因のひとつであると思っております。
 「朝鮮が単独で欧化できたか」
そんなのほっときゃいいじゃん。アジアで最初の立憲君主国として欧米風の法制度や軍隊は一応作ったから、お前らは大日本帝国臣民として俺らの支配をうけろ、ではアフリカや、アジアを次々植民地化した、図々しいにもほどがある「キリスト教」や産業革命後の諸技術(写真、鉄道、ガス灯、連発銃、電信、電話、その他医療技術など)を錦の御旗に掲げて「白人の義務(!!世界の歴史、「帝国主義の時代」より)」を苦悩とともに受け止め、しかもその勤めは果たされるべきであると狂信的に信じて植民地獲得競争に進んでいった欧米列強を非難する資格はありません。
 今日を見なさい。「積極的平和」(国内に独裁政権があり、国民の基本的な各種自由権、言論・思想信条・学術・信仰などが迫害されているのでは「消極的平和」にすぎません)があれば、韓国も中国大都市部も、台湾も、シンガポールや香港も、インドネシアやフィリピンもタイ(タイなど戦前アジアにおける日本以外のほとんど唯一の独立国家として徐々にではあるにせよ近代化を図ってきた。国王もいる)もそれなりに近代化(日本・中国・韓国大都市部など非アジア人からみれば区別がつくかどうか。いや我々でさえごくごく一部のみを見せられたら、どれがどこの国か判別するのは困難ではなかろうか)しているではないですか。タイなど日本の統治がなくとも近代化してますよ。首都バンコク圏に万事が集中しすぎですけどね。これは「遅れて近代化した国々」のいわば「宿命」。日本でさえいまだにそうなんだから。
 あと、イギリスなどではもはや「不文律で」行使されることはほとんどないとはいえ、国王に政治的権力があり、立憲君主制(ヨーロッパの王室を持つ国は結構多い。そこでは立憲君主制が多い)ですからね。大日本帝国が、「ほとんど行使されることが、慣習によってなかった」とはいえ、憲法に「陸海軍を統帥す」などとある以上「政治的権力があった」のは明白であり、民主主義国というより「立憲君主国」というべきでしょう。学会でこんなこといったらコケにされますよ。立憲君主制でも「きわめて民主共和制にちかい」政体を作ることは今日の上に記した国家が示すように可能ではあります。しかし大日本帝国は国民(いや、「臣民」か)や、植民地の独立運動を弾圧したりしてますからね~。「共産党の党中央委員の岩田義道だから死んでもいい」なんて、彼がどんなことを行ったのですかね?遺族に向かってそれが言えますか?国家が人を殺すのを、弁護士付きの最高裁まで幾度か争える裁判(拷問など当然許されない!!!)を経て、大量殺人でも犯してきちんとした、客観的な物証もあり死刑になることをのぞいて、許すのは「個人が集まって国家になる」のであって、国家が滅びても人間が生きていける以上、倒錯した考えといわざるを得ません。ルーマニアをみよ。どんな言葉を費やしてもたりない人権弾圧をやったチャウシェスクが倒れ、彼の独裁下の「国家」が滅びても、人間が残っているではないか。「国民」ではなく「人間」が。彼らはむしろチャウシェスク以前より輝いて生きているではないか。他のソ連の影響下にあった国家の崩壊とそこに住む人々も同じ。
 戦前の日本は「強権的立憲君主制国家」「軍事偏重立憲君主国家」というほうが正しいでしょう。
 では長くなりました。お読みいただいて感謝です。それでは。
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  1. 2005/09/30(金) 01:39:12|
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