Sのつれづれ日記

 ここでは日々の出来事や思ったことなどを中心に書いていきます

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

「音速の貴公子」

 「音速の貴公子」(古舘伊知郎の実況からだという)アイルトン・セナ・ダ・シウバ(1960~1994年)が亡くなってから12年か・・・ふと当時のフジテレビの中継の映像などを見て感慨深かった。リアルタイムで見ていたが、激突して運転席でぐったりしているセナをみてもまさか死んでいるとは思わなかった。しかし、映像を見ると運び出されたセナの体の回りにはかなりの血だまりがある・・・実況の三宅アナと河合さん、名前は忘れたが評論家の人が泣きながらセナの死を報告していたな・・・男はやはり男に惚れるのだなあ。
 セナの葬儀も見た。当時も見たが、葬儀はブラジル政府の国葬。サッカーの試合も中止して黙祷がささげられ彼の人気がいかに本国でも高かったか伺えよう。
 セナが死んでからも結構F1は見ていたが、ミハエル・シューマッハがセナの記録を破り独走するようになってから見なくなったな・・・いまではシューマッハは「皇帝」と称されている。
 セナは天才的なレーサーで、しかもその彼がレースで散ったのである。まさに彼は英雄であり、その生涯は伝説である。敬愛に値する人物として久々に思い出したなあ。相当なハンサムでもあるし・・・

 それはそうと、CS放送のクラシカ・ジャパンの番組表見るとDVDになってる、あるいはこれからなる映像の放送多いなあ。激しく見たい。ブルックナー交響曲第8番(カラヤン、ウィーン・フィル、1979年聖フロリアン教会)、バーンスタインのブラームス交響曲第1番、ブルックナーの交響曲第9番(今冬DVD化予定)、クライバーのブラームスなどこのチャンネル見れればDVDいらないかな?
 でも2ch音声なのでサラウンド音声が入ってるDVDならそれを買ったほうがよいが・・・しかし買う前に見れる、あるいは現在商品化予定のない映像を見れるのは大きい。ドキュメンタリーも面白そう。
 しかし、デジタルハイビジョンTVに加え、CSチューナー、アンテナ、スカイパーフェクTV3000円/月、に加えクラシカ・ジャパン3000円/月、系6000円/月が必要か・・・高いな・・・デジタルハイビジョンTV欲しいよ。5.1chサラウンド音声放送もあるしなー、クラシックにぴったり。
スポンサーサイト
  1. 2006/08/07(月) 22:05:05|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

色々

 ハリー・ポッターの5巻をとっくに読了。ルナ・ラブグッドは新キャラだがいい味出していた。キャラ造形がうまいですね。

 スネイプの過去を見たハリーは、ハリーの親父ジェームスとシリウス(とてもハンサムらしい。ロンの兄のビルもとてもハンサムとある。ハリーは一度もハンサムとされたことはない。しかし、ハリー・ポッターの人物描写をよんでも銀河英雄伝説ほど、キャラクターの容姿の徹底描写にこだわった小説はないと思う)がスネイプを「存在そのものがな…」というだけでいじめていたのを見る。さかさづりにしてパンツ皆に見せてたよ。しまいには「こいつのパンツ取るか?」とまで…。そりゃ、スネイプ屈辱だよ。その息子がジェームスそっくりに校則破りまくりなのを見て偏見を持つだろうよ。ダンブルドアは「スネイプ先生がジェームスに対する感情を克服できると思っていたのだが…」と言ってたが…ハリーもショックを受けスネイプにおもわず同情するが、シリウスが死亡したことにより、ダンブルドアへの怒りもあいまってまたスネイプ憎しになってしまった。ハリーの親父どもはひどすぎだ。まあシリウスがいうように15歳では判断力が乏しいのはわかるが…。ルーピンは見ていただけで、明らかに悪いことだと思いながら注意できなかった。私も結局こんな立場だろう。不正義が行われているのに怖いので注意できないのだ。とても人間らしいがやりきれないなあ。不思議少女ルナも持ち物を隠されたりいじめられてた。ハリーは同情して、少なくとも親父とは違い不正義に憤りと義憤を覚えるキャラではあるのは救われる。田中芳樹がいうように「弱いものいじめする奴だけは(魅力ある物語の)主人公になれない」のだ。

 思春期イライラハリーには感情移入できず。もっとも感情移入できるのは老校長アルバス・ダンブルドアだ。復活したヴォルデモートと魔法省(魔法界にも政府がある。普通の人間の首相《ハリー達は1979年か1980年生まれなので、第5巻は1995年ということになり、確かイギリスはメイジャー首相だったか?端正な紳士だったよね。女性スキャンダルで追いつめられてた記憶があるが》は魔法使いの存在を知っていて、ヴォルデモート復活を警告されている)内での戦闘では6人のデス・イーター(死喰い人)を張り付けにし、ヴォルデモートを撃退。ハリーに、色々と真相を明かす。「一方が生きる限り他方は生きられない」つまり、ヴォルデモートとの関係は生か死かという、普段はインチキだが神がかった予言をしたトレローニー先生の予言を告げる。そして、監督生にしなかったのも「これ以上責務を抱え込ませたくなかった」からであり、ハリーを気にかけるうち恐らく息子のように、愛してしまったからであることをつげ、何と落涙してしまう。しかし、ダンブルドアの感情のこもった告白もシリウスの死をもたらしてしまった後悔にさいなまれるハリーには届かずかつてのような全幅の信頼はおけずにいる。

 ダンブルドアは一時魔法省のいやらしい女役人アンブリッジに校長の座を奪われ、次々に教育令を発して生徒の取り締まりを強化し、ついにはロンの兄のフレッドとジョージは魔法でホグワーツ校内をめちゃくちゃにして退学覚悟で脱出して、魔法を使った各種のいたずら用品専門店を営むが、この話があっという間に広まった、というのを読んで「これはホグワーツの伝説になるだろうな」と思ったら、次の行でハリーが同じ考えを持っていた。思わず微笑む。いくつか声を出して笑った箇所もあった。
 ハリーとチョウ・チャンはすれ違いばかりで結局チョウが新しい恋人と付き合いだしたようで自然消滅の模様。
 アンブリッジが「闇の魔術に対する防衛術」を机上のものにかえたのでハリー達は実戦経験のあるハリーのもと、特訓を重ねるが、ネビルの上達ぶりが著しかったという。結局ダンブルドアたちが来るまでハリー、ロン、ハーマイオニーのいつもの3人に加え、ルナ、ネビル、そしてロンの妹のジニーで倍の数のデス・イーターとやりあった。しかし、空中を浮遊する脳みそとかそれが襲い掛かってくるとか映画ではどう描写するのか、まあ現代では金と時間さえあれば映像化できないものはないのだが、5巻の分量を考えると3時間でもまとめきれないだろう。2部作公開もここまでの人気作ならありなのでエピソードをはしょらずやってほしい。最後のダンブルドアの告白だけでじっくりやれば30分は要するだろう。
 
 音楽。

 クライバーの「こうもり」とサバリッシュの「魔笛」は見ていない。

 そういえばもうカラヤンの1957年ベルリン・フィル来日コンサートと1959年ウィーン・フィル来日コンサートのDVD出るな。来月のカール・ベームのモーツァルト13交響曲収録DVDも欲しいが…     

 名前をだすのもいやだが2chで面白い論評(?)を見つけた。
 
 >矢代秋雄>芥川也寸志>黛敏郎>滝廉太郎>團伊玖磨>中田喜直>池辺晋一郎
>坂本龍一>佐橋俊彦>三枝成彰>山田耕筰>山本直純>岩崎琢>田中公平>加古隆>岩代太郎>先住明

東京音楽学校出身のランクつけるとしたらこんなもん?

 結構面白い。名前だけは岩崎琢、田中公平、岩代太郎以外は知っている。「先住明」は千住明のことだろう。

 しかし芥川って池辺とか団伊玖磨とか上か…坂本龍一が高すぎだね。突っ込まれてたが。

 聴いたことあるのは芥川、坂本、三枝、山田、佐橋(交響組曲ガンダムSEED,交響組曲ガンダムSEED DESTINY)、加古、千住か。団も放送でちらっと聴いたことはあるような。皆メロディアスでいい作曲家ばかりだな。
 千住明は個展コンサートを今年も開いている。ピアノ協奏曲「宿命」も演奏されている。「砂の器」(2004年版)で、ピアノ協奏曲「宿命」のピアノ・パートを担当した羽田健太郎が司会のTV番組「題名のない音楽会」でも何度か放送されているそうだし(ああ、録画しておけば…)、生で聴いたら絶対泣ける自信がある。せめてライブ録音かDVD出ないかな…

 ハリー・ポッターは主人公にそれほど感情移入できない(銀河英雄伝説のヤン・ウェンリー《もっともこいつは8巻で死ぬので-主人公を殺すとは原作者は只者ではない!何と深い!というアニメ版の感想を見たことがあるが-実質的な主人公はラインハルトだろう。その内省的で、幅広い歴史知識と権力者や流血を嫌悪する思索と後悔ばかりの人生に激しく共感したものだ。方や黒髪・黒目の「しいて言えばなかなか線の出ない若手の学者ふうで、見る人によってはハンサムといえなくもない176センチの中肉中背、一向に軍人らしくみえず軍服を着ているからこそどうにか軍人と認識される」東洋人の男性が仮託しやすい容姿でもあり、かたや「古代の名工が技術を結集して作り上げたかのような、美神と軍神がその所有をめぐって争うような、鮮烈なアイス・ブルーの双瞳と、卵形の顔、均整の極地の長身の豪奢な金髪のグリフォン」とまで形容されるラインハルトには感情移入できかねる。自信にあふれ軍事と政治に圧倒的な才能を発揮する》や映画版・2004ドラマ版「砂の器」の和賀英良に比べれば何という違いか!)が、「ガンダム」も主人公に感情移入できなかったが面白かったので私にとってそういうタイプの作品になっていくのだろう。はやく6巻、最終巻読みたいなあ。というか、5巻の訳者あとがき見たら当初予定では2003年に全巻終了予定だったのね。ローリング遅すぎ…
 まあ、6巻も謎の王子はスネイプであり、スネイプがダンブルドアを殺し、ハリーはジニーと付き合い、この巻の終わりでハリーは学校を去って親友のロンとハーマイオニーも一緒に行くことなどかなり知ってしまってはいるのだが、5巻も知っていながら非常に面白く読めたので問題ないだろう。

 ハリーには最終巻でヴォルデモートと相打ちになって死んでもらいたいと思ったが「予言」が成就されるとしたら、ヴォルデモートとの相打ちはないのだろう。「他方が生きれば一方は生きられない」のはいいかえれば「一歩が死ねば一方は生きられる」からだ。ハリーが自己の命をなげうってヴォルデモートを改心させる、というのでもなければヴォルデモートが死ねばハリーは生きられるのだ。しかしハリー・ポッターの世界は魔法で何でもありであり、作者も予言は予言として個人の選択が重要だみたいなことをいってるらしいからどうなるかはまったく予断を許さない。

 
 
  1. 2006/06/18(日) 23:51:50|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

雑記

 ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団をようやく借りられた。上下1300ページ!2週間で読めるか疑問だったが、2日で上巻を読了したのでなんとか行けそうだ。

 「妖女シスターズ」のことがたった一言出てきたり、2巻で消えたロックハートについて言及があったり、キャラへの愛情が感じられる。名前が出てきたキャラがハリーの下に集合したが、わずかながら毎巻出ている名前で、キャラが立っている。

 ハリーはチョウ・チャンと口付けしたが、「二人は手を重ねてそっと…唇と唇をぎこちなく…重ね合わせた」とか「ハリーはチョウのことがたまらなくいとしくなって抱き寄せキスをした」とかの具体的な描写はなくて、事がすんでからハリーはハーマイオニーに「キスしたの?」といわれ説明するというものだ。原著はどうなのか?しかし、「銀河英雄伝説」でラインハルトが失意の傷心に陥って(その原因は2巻にあり、2巻に張った複線が9巻で生きるとは大長編の見事な構成力!)、ヒルダに「帰らないでほしい。今夜はここにいてくれ」「今夜は一人でいることに耐えられそうにないのだ。頼む、予をひとりにしないでくれ」といって、そのままヒルダの朝帰り→父親の国務尚書フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵に「ゆうべは陛下と一緒だったのだね」といわれて、読者にことのしだいを明らかにする手法というか、作者の恥じらいに似たものを感じた。このあとのマリーンドルフ伯の娘に対する言葉と、いきなりヒルダを皇妃に迎えたいと訪ねてきたラインハルトとのやり取りは滑稽でかつ含蓄に富む。

 「西暦の18世紀に、北方の流星王といわれた小国の王(スウェーデンのカール12世のことである。ロシアのピョートル大帝を初期において圧倒した。常に陣頭に立ち、ピョートルが改革で力をつけた軍隊で再度挑んできたとき砲弾が近くに落ち「国王戦死」の報が流れたが、負傷し担架に横たわりながらなお指揮を続けた。ピョートルに結局は敗れたが、極めて印象深い人物だと思う。おなじスウェーデン王のグスタフ・アドルフは「北方の獅子王」として知られヴァレンシュタインとの決戦で戦死し、遺体は兵士と馬に踏み潰され散乱していたという。最高権力者が陣頭に立って戦うのなら、少なくとも卑怯者呼ばわりはできず、ヤンが言うように「古代の覇王の方が自ら陣頭に立って戦っただけましかもしれず、戦争をさせる側のモラルは低下する一方なのだ…」ということになろう)がいたそうだよ。18歳で即位し隣国の大軍を破り軍事的天才として知られた。三十代で死ぬまで異性にせよ同性にせよついに肉欲と縁がなかったそうだ。異常な才能というものはどこかでそれに応じた欠落を要求するものらしいな。ラインハルト陛下を見ているとそう思うよ」

 「わたしわからないわ。…陛下は私を愛していらっしゃらない。そのくらいのことは私にもわかります。陛下が求婚なさるのは義務感からです」
 「ではお前はどうなのだね。」
 「わたし?」
 「そういった、子供っぽい責任感も含めてお前は陛下を愛していらっしゃらないのかね」
 とうとう聞いてしまった、と父は思った。とうとう聞かれてしまった、と娘は思った。この種のことは聞かずにすめばそれはそれで後悔するし聞けば聞いたで同様なのだ。
「わからないわ。尊敬はしています。でも、男として、女として愛しているか」
 「やれやれ、何も陛下に限ったことではないようだね。私の自慢の娘も時には考えることではなく、感じることの方を重んじてくれたら、と思うよ。いつもでなはく、たまには、だがね」
 
 そのあとヒルダに求婚に来た、恥ずかしさ一杯のラインハルトを成熟した大人としてひとまず返す。

 そのあとのマリーンドルフの独白が面白い。

 「しかしあの二人うまくやれたんだろうか…」
 マリーンドルフ伯の生涯のなかでもこれほど真剣さと滑稽さの双方を兼ね備えた命題というものはなかった。
 
 ・・・・・

 ハリーとチョウは別れるようだがそれまでどれほどのことがあるのか?まあヴォルデモートが迫ってるので恋愛は二の次ではあろう、構成の上からも、実際のキャラクターの感情としても。

 映像の世紀20世紀を少し見た。大体ビデオにとってるが、第4集「ヒトラーの野望」と第5集「世界は地獄を見た」を。ヒトラーの回では彼を支持した人民に絶望し、彼と彼の元で行われたおぞましい蛮行を心から憎悪しつつ、「ジーク・ハイル!(勝利万歳!)」の叫びの連呼には思わず唱和。第5集ではフランスのある村の1943年のホームビデオが紹介されたあと1944年にドイツ軍によってこの村は、涙を禁じえないが、村人のほぼ全員が-当然女・子供・老人を含めて-虐殺され、現在では廃墟が、記念碑としてそのまま残っているのをみて、改めて戦慄と人類への絶望にさいなまれる。

 そしてガンダムWやターンエーガンダムを見る。しかし、ガンダムWは美形5人とか言われてるが、惜しい。キャラデザインがもう少し年上で、あと少し写実的ならそうだったが所詮はアニメ絵だ。デュオと五飛(ウーフェイ)は美形キャラから除外。まあ、それでもSEEDのキャラデザよりはいい。ヒイロとリリーナはちゃんと口付けか、せめて抱き合うくらいはするんだろうね?。ヒイロが幼少期からの戦闘訓練で不感症っぽいからそんなシーンはないのかなあ。タンクトップと短パンをやめてくれ。カトルみたいにヴァイオリンを弾いてスラックスとシャツにしろ。いや、カトルの顔が子どもっぽすぎる。性格が超いい(あらゆる人と友達になりたがっている)のにあと3年成長した容姿で出してほしかった。まあ。なかなか面白い。ナレーションで政治状況などをちゃんと説明してるのでアニメに陥りがちな説明不足(本・小説は説明そのものだからなあ、ある意味)ターンエーは宇宙での戦闘が物語終盤までなさそうなのがいやだ。主人公のロマン・ロラン-じゃなかった、ロラン・セアック、黒い肌に銀髪・緑の目という現生人類ではありえない組み合わせだが、Zガンダムのカミーユ・ビダンなみの美少年。しかし裸になりすぎだ。にもかかわらず女の子っぽすぎる。女装までやらされてたし。世界観もいやだ。地球は宇宙文明を失い退化したがようやく複葉機やラジオ放送などを備えるまでに復興してきた。しかしつきの人間は文明を保持しており、地球へ帰還するという。そこで戦争が起こるのだが、複葉機や、過去のモビルスーツを持ち出して対抗するも舞台は当然地上。地上でちまちま戦ってるんじゃない!「銀河英雄伝説」のラインハルトは戦争といえば宇宙戦争であり「単位は光秒・光年で艦艇数は万単位、惑星の地表で何キロとかやっているのは石器時代だ。偏見と承知でそう思う」といっている。まあ、それなりには楽しめそうだが。しかし、人類が経験したことのない宇宙の戦いに灼熱する感情をほとばしらせるなんていう性格づけ、よく思いついたなあ田中芳樹。戦争は面白くもあるが、当然「自分に関係ないところでの戦争ほど面白いものはないでしょうな」(田中芳樹著「七都市物語」より)であり、過去に実際に何度も大戦争があったのに、今でもそれが絶えないのはどうかしている。もはや戦争はフィクションのなかでだけ楽しむべきであろう。歴史上の戦争について読んだり見たりすることもそこに含まれるかもしれない。旧西ドイツと日本が戦争を放棄して民主的諸制度を備えた国家になっただけであっというまに世界の最高水準の経済力を身につけたことと、いつも紛争が絶えない地域での生活をみれば戦争より平和が人類に資するのは明白。無論、対外的に戦争をしていなくても民主共和政であることが必要だ。言論・学術・思想・職業選択・外国を含めた住居選択の自由・拷問の禁止などが守るべき建前として社会に根付かねばいけない。

 あいかわあず「砂の器」もいい。これをみるとやはり、ハリーには死んでいただきたい。ハッピーエンドが悪いとは言わないが、カタルシスのもたらす悲劇的高揚に比べれば効果は落ちる。

クラシックではウィルヘルム(ヴィルヘルム)・フルトヴェングラーのベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」と、セルジュ・チェリビダッケ指揮のミュンヘン・フィルのドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」の、ともにライブ録音を聞いた。

 二人ともテンポが遅い。それは重厚さにつながるが、野暮ったくもある。ただ、私には名演でない・名演であるなどといえるほど音楽的素養はないので、ライブの迫力を味わいたかったが、フルトヴェングラーのは拍手がカットされており、チェリのは、音質にほとんどこだわりがない私にさえ、明らかに録音状態が悪いのがわかった。拍手がかなりながくつづいており、それは良かったが。

 非常に取り留めなく書いてしまった。
  1. 2006/06/12(月) 23:50:28|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

エマ・ワトソン祭り兼ハリー・ポッターのこと

 「炎のゴブレット」映画版の特典映像から画像をキャプチャできたので、エマ・ワトソンの画像を目一杯載せつつ(画像をクリックすると大きい表示になります)、未読の5巻・6巻について、ほぼネタバレを知ってしまったのでその上でネタバレについて思うところを書こう。早く読みたいが、約2000ページか…orz

 20060604224243.jpg


 かなり美しくなられたフロイライン(ドイツ語で「ミス」「お嬢さん」とでもいう意の語)・エマ。


20060604224445.jpg


 ヴィクトール・クラム役のスタニスラフ・イワネフスキー(クラムはクディッチというスポーツのブルガリア代表という設定だが、この人も実際ブリガリア出身。一つ前のブログに書いたスクロヴァチェフスキ《ポーランド出身》と同じ「スタニスラフ」というファーストネームであり、東欧では一般的な男性の名前なのだろう)とともに舞踏会会場へ現れるエマ。ダニエル・ラドクリフは「エマが美人なのはわかってたけどもっと綺麗になってた」と賞賛。

 
20060604224208.jpg


 舞踏会の撮影について「女の子は楽しみにしてたけど男の子は無関心だった」というエマ。原作どおりの男女の反応になってしまったようで、女の子の方が精神的成熟が早いことがわかる。それにしても舞踏会とは関係ないが、ビリヤードを久しぶりに猛烈にやりたいな。趣味に「ビリヤード」といえるくらいやりたいものだ。4,5回しかしたことないのが無念である。舞踏会なんて出れないし…

 
20060604224504.jpg


 ハリー達(ハーマイオニーは両親が「マグル」、つまり魔法使いでない普通の人間ということで「穢れた血」といわれる)をからかうドラコ・マルフォイ役のトムにダンスに誘われて。

 20060604224523.jpg


 「闇の陣営に入ってしまったわ!」というエマ。

20060604224254.jpg


 すっかり美しくなったといわれるエマ。

 次はハリー。監督によると原作のハリー同様、ラドクリフは「ダンスが天職とは、現時点では思えない」、つまりダンスが下手だったようだ。他の出演者が3週間練習できたのに彼は4日だけだったともいい、「両親はダンスが上手いのに」ということ。「ハリーだから下手でいいんだ」とカメラに向かって言ってたな。ダニエルも髪が長くてあの眼鏡して服がクールだと十分かっこいいな。

 20060604224329.jpg

20060604230435.jpg

20060604230538.jpg


 踊るハリーと少女。映画では、原作のエピソードをかなり削ってなお150分なので舞踏会のシーンも短く、残念であった。映画のワルツは「皇帝円舞曲」か「美しく青きドナウ」、あるいは「ウィーンの森の物語」、いやいやドラクエ5の「結婚ワルツ」とかFF8の「Dance with Bramb-Fish」とか使ってももらいたかったが(ボスコフスキーのニューイヤーコンサートを少し見れたけれども「皇帝円舞曲」のバレエ団の踊る映像は綺麗だったな。おもわずハリーたちの踊りと比べてしまった。美男美女ばかりで舞踏会の文化がない日本人として、単純な西欧礼賛はあさましいけれどもこれは素直にいいなあとおもえる)

 さて第5巻・第6巻の話題へ。

 第5巻はハリーがいらいらしまくっており、4巻ですでにその兆候を読んで痛々しく思った私は、ちょっと気恥ずかしい感じをもって読まなければならないだろうが、この巻ではブラックが死ぬというのもネットで知ってしまい、筋書きを知った上でなおどれだけ楽しませてくれるか、期待である。エマやダニエルも5作目について「ダンブルドアの軍隊(ダンブルドアズ・アーミー)は楽しみ」と特典でしゃべっていたので、「不死鳥の騎士団」と題された5巻では大人たちも対ヴォルデモート戦線を結成する、あるいはしていたということになるだろう。

 そして6巻。これが5巻よりネタバレを知ってしまい、副題の「謎の王子」はセブルス・スネイプであり、これまで、ハリーの父ジェームズとリリーに対する感情から、散々ハリー(および仲良しのロンやハーマイオニーにも)をいびりながら、命を助けたいい味出してた彼が、あろうことか、アルバス・ダンブルドアを禁呪「息絶えよ!」で殺害してしまうという。しかし、その際のダンブルドアの言葉は「セブルス、頼む…」(Severus,please…)であり、ダンブルドア(1840年生まれらしい。チャイコフスキーと同い年か)は命乞いするような人間ではない以上、しかもこのシーンではかなり裏に何かありそうな書かれ方をしているようで、決定的におもえるスネイプの離反も、そのまま受け取れないようである。ハリー達をからかっていたドラコ・マルフォイ(1980年生まれらしい。ハーマイオニーが1979年生まれであるらしいので、ハリー達の学年は1979年、1980年生まれで構成されているものと思われる。ハリーとロンの生年は不明。また親近感が沸いた…)がデス・イーターを招きよせる手引きをして闇の陣営についに完全に走ったようで、ダンブルドアはそれを止めてくれ、自分を殺すことはつらいがかねてよりの予定だ…というような読み方もできるようだ。
 ダンブルドアの台詞で印象深いのは、4巻で(映画ではカットされてたが)ハリーになぜスネイプのような奴を信用して教授としてホグワーツ校に置くのか、と問われて「それはな、ハリー。わしとスネイプ先生の問題じゃ」といっていることで、このことからもスネイプによるダンブルドア殺害を単に闇の陣営への寝返りと捉えることは確かに難しいと思う。

 さらに恋愛模様ではハリーはチョウ・チャンと付き合うが、キスをしただけで「価値観の相違により」別れてしまうらしく、その後釜にはハリーにずっと憧れていたロンの妹ジニーが占めるらしい。これもキスシーンがあるようだが(読みたいような、読みたくないような…あのダドリーにいじめられてたハリーも女の子の心を捉えるまでになったか、とおもうと極めて感慨深いが)、ついに6巻をもって、まだ学校生活はあるにもかかわらずヴォルデモート打倒のためハリーは学校とジニーに別れを告げるらしく、ロンと、あの超優秀なハーマイオニーもハリーについていくらしい。ダンブルドアの「おぬしには友人がおる」という言葉がいっそう強く押し出されていきそうだ。ロンはラベンダーという同級生と一時期付き合ったがすぐ破局したらしく、ハーマイオニーと両思いながら仲は進展しないとのこと。

 やばいなあ、未読なのにかなり知っちゃったよ。しかし、まだラストがある。ローリングは最終章は何年も前から書き上げて金庫にしまっているそうだから、7巻で確実に完結するだろう。ハリーが自らの命を投げ出してヴォルデモートを倒すのでは、という説もあり、哀しいが、これが私の気質にあったもっとも感動的な結末であると思う。あとはそこにむかってどれほどの筆力と構成と脇役を生き生きさせてくれるかであり、ヴォルデモートを倒して皆の笑顔で大団円も素晴らしいけど、より悲劇的色彩の強い方を望む。
 そういえば脇役のネビル・ロングボトムが「予言の子」の一人になるらしく、三人組以外の脇役に寄せる愛情が伺えこれはうれしい。彼のような脇役にこそ死んで欲しくないのだ。泣ければいいけど…
 5巻は図書館で予約をいれたので、早く読みたいものだ。ああ、キスシーンか…英国女性が10代半ばの少年のファースト・キスをどう甘美に、あるいはあっさり描いているか、ドキドキだ。なんといってもハリーは弟か息子を見るようなもの。(年齢的に自己投影はしにくい)。息子のファースト・キスの情景や胸の高鳴りとか不安なんて恥ずかしくてしょうがない。
 7巻だけは、ラストだけは読む前にネタバレに触れないようにしないと。原著を読みこなす連中がそうそうに感想をネット上に流すと思うので、日本語訳が読めるまで辛抱しなくては…

 しかし映画版はもう設定年齢に見合ってなくていいから主要3人はダニエル・ラドクリフとルパート・グリントと、もちろんエマ・ワトソンでいってもらいたい。映画最終作の公開は早くて2010年(マジか…)くらいの公開だと思うが、劇場でスタンディング・オベーションが起こるくらいの出来であらんことを。7部作の終焉にふさわしく。
 前にも書いたが、小説版は過去にこのような成長物語の例はあったろうが、同一キャストで、10年もかけて7部作を撮り、主要キャストと登場人物の成長が視覚的に見られる映画はおそらく類例がないのだから。
  1. 2006/06/04(日) 23:41:26|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

オペラを少し、ハリー・ポッターの特典映像の感想も

 カルロス・クライバー指揮のシュトラウスの喜歌劇「こうもり」と、ウォルフガング・サバリッシュ指揮のモーツァルト「魔笛」を少しずつ見た。

 「こうもり」、オペレッタということだが台本面白くないなー。クライバーの演奏は云々できない。合唱シーンとかは楽しそうだが…

 「魔笛」はすこしファンタジックで「こうもり」よりはよさげだが、冒頭に学園祭レベルの大蛇が出てこられるとなあ…「ハリー・ポッター」のすさまじい映像製作(人員《常に2000人が動いているという!》、予算、こだわり、その結実としての写実性など)のドキュメントを見ると興ざめせざるをえない。かといって目を閉じて字幕なしではとても聞けない。

 「銀河英雄伝説」がドイツで上映されたときタイトルの「英雄=Held」が「かまど=Herd」になっていて大笑いされて、話の内容がそっちのけになってしまったらしいのだが、音楽がよくても台本と舞台装置があれでは…まあ映像ソフトだし頑張って見てみますが。

 「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」の特典映像を見ました。DVDプレーヤーの操作でちゃちなゲームができたり面白い試みも。
 しかし、何と言っても印象に残ったのは、ハリー役=Mr.ラドクリフ、ハーマイオニー役=Miss.ワトソン、ロン役=Mr.グリントと、何といったかな、ヒュー・グラント(かっこいいので一時期憧れたよ…飽きたけど)とオックスフォードだかで一緒で英国紳士ぶっている司会者リチャード・カーティスとの雑談。それにしても字幕の口調のそっけなさ。子供があんなラフに大人と話すかね?英語に日本語ほど敬語はないのだろうけど、「~です」とか、大人の口調とは別に訳してくれれば自然なのに。吹き替えではちゃんとやってる。
 それにしても、ハーマイオニー=グレンジャー役のエマ=ワトソンですね。1990年生まれだというから(…。カラヤンが30歳下の女性と結婚したのに比べれば3分の1の差でしかない!)このとき15歳に過ぎないと思うが、ごく普通の性格で、容姿も図抜けていない男の子ふたりに比べて美形振りが著しく際立っている。所々黒味がかった金髪を綺麗にまとめて、落ち着いていて、「あと5年したら美人」とか思ってたが、あと3年で絶世の美女になりそうだ。映画の撮影に11ヶ月かかって、さらに公開まで2ヶ月を要したというからずいぶんその間にも成長したのだろう。映画でも舞踏会では思いっきり着飾っているけど、はるかに綺麗になっていた。まだ私の好みにてらせば幼いけれども(といっても精神的成熟では凌駕されてそうだ)、映画の最終作ではやばそうだ。
 日本版のDVDのために特別に編集したのか、「ファンからの反応はどう?」という質問に対して、「日本のファンはほんとに礼儀正しいんだ。ファンレターもすごくきれいで…」とダニエル・ラドクリフがいうと、エマ・ワトソンが「そう。タイプで打ったみたいにね」と続ける。鋭敏な(?)彼女は、そこが逆に無個性だ、と言いたかったかもしれない。イギリス人は、というか白人は基本的にアジアやアフリカに興味ないしね。下手すれば偏見もって見下してるから(ラドクリフたちの年代では、原作にハリーの従兄弟のダドリーがプレイステーションぶっ壊した、とかいう記述もあるし、アニメ・ゲームが浸透しているので、彼らより上の年代に比べれば偏見は多少は減ってるとは思うが)、ヨーロッパ・アメリカに行くときは人種差別にあったときの現地語での反論を用意しといて損はないだろう。イギリス人には「歴史上最大の恥知らずな略奪者にして野蛮な白猿が何を言うか!」であり、ドイツ人には「ナチス・ドイツを自らの意思で選んだ国民の態度とも思えませんな」とでもいっておけば一蹴できよう。
 さて、CGや特撮・衣装や演技など撮影風景を収めた特典映像の見所はやはり三人の会話で、ファン代表5人から質問も受けていた。国籍別にはイギリス1人、アメリカ3人、日本1人であった。
 イギリス人やアメリカ人の女性が質問していたけど、エマより年上だろうに、堂々とした態度と垢抜けてる度合いで負けてたなー。まあ、何年も子役やって、しかも美貌も持っていて専属のスタイリストなどがついてるだろうエマと比較するのが酷ではあるが、他の同世代の女の子に比べても、やはり「文学少女」っぽさが多少あったな。まあ、一昔前ほどひどくはないのだろうけど。日本人の女の子は、美しいとはいえなかった(失礼!)しかし、落ち着いており、最後の記念写真はいい思い出になったであろう。

 それにしても、ラドクリフが次回作への期待として「好きになってもらう努力もしてないのに可愛い子とキスできる!」と喜んでたが(相手はチョウ・チャンらしい)、とすると原作の5巻、6巻にキスシーンあるのか?いやだなあ。この作品は恋愛描写は控えめでお願いしたいのに…まあ、キスくらいなら控えめなんだが。しかも映画のチョウ・チャン役はエマに比べればそれほどでもないし。いや、かえってそれがリアルでやだな…

 それにしても映画の撮影は主に長期休暇を利用してやってるとおもったが主役級はあまり学校に行ってないようだ。大変だな…そのかわり、普通の子供にはできない、魔法の世界の住人になりきることや有名人にも会えて、非常に刺激的でスリルにとんだ、極めて得がたい体験をできるわけだが。
 エマはコンピューター・ゲームが好きなようだ。何の機種をやっているのかまではわからなかったが。

 しかし、第5作は来年公開予定か…主要キャストは変わらないようだからどれだけ老けているのか心配だなあ。ほんと1作目から成長してるよ。これを見るだけでも面白い映画といえよう。
  1. 2006/06/03(土) 03:15:14|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
次のページ

S

05 | 2017/06 | 07
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。