Sのつれづれ日記

 ここでは日々の出来事や思ったことなどを中心に書いていきます

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ベルサイユのばら

 「ベルサイユのばら」が面白い。小さいときからもちろんずっと知っていたけどまともに見る・読むのは初めて。オスカル様かっこいい!

 しかし、漫画版(2002年版。前4巻中古本屋に3巻まであったので購入)でベルばら版年表が1巻の途中で差し込んであり、うすうす「オスカルって死にそうだ」とは思っていたが、「フランス革命中民衆側について戦死」か!そうか…やはり・・・しかしなかなか印象深い物語になりそうだ。

 オスカルは女性であるし、美貌すぎるので感情を仮託することはできない。それができるのはアンドレである。どうもオスカルを「強姦未遂」してしまうようで・・・そのあときっちり夫婦として結ばれるのだから凄い。まだフランス革命前でアンドレも幼馴染としての感情しかないけども、まあ高ぶっていくんだろうなあ。

 宝塚の舞台も少し見たが、音楽が演歌っぽすぎる・・・もう少し音楽で頑張ってくれればまともに見る気になるほとんど唯一の舞台なのだが・・・舞台芸術はまったくわからないからなあ。見る機会ないし。

 主人公が死ぬのをわかってて見る・読むことになるのは銀河英雄伝説以来だな。展開の重要局面を知っててなお楽しめるとすればベルばらも名作だろう。
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  1. 2006/07/19(水) 21:51:50|
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新世紀エヴァンゲリオン

 ついに偏見を持って嫌悪していたこのアニメを見てしまった。きっかけはハリウッドで実写化される、との情報で「なんであんなものが?」と思ってみたら面白かった

 以前、漫画や「スーパーロボット大戦」で植えつけられた主人公碇(いかり)シンジの内向性や病的にさえ見えた性向は完全に好ましいものに変わった。世話を兄弟に預けた父親への反発と、それでもぬぐえない深く付き合いたいと言うアンビバレンツ、14歳の男のらしい、異性の肉体への憧れ(寝ぼけて自分の布団に入ってきたアスカの顔にみとれてキスしようとした。後に実際にする)、内向的でも友達もちゃんといるし、彼を預かってくれたNERV(ネルフ)1尉(作品中昇進して3佐)葛城(カツラギ)ミサトや後に同居するアスカとのコメディータッチの部分もあり、以外だった。シンジはチェロを5歳からやっていて、作中でバッハの「無伴奏チェロ組曲」を弾くのだが、それを聴いたアスカは珍しくほめる。いつもは「バカシンジ」呼ばわりで、エヴァンゲリオンパイロットとしてシンジに負け精神崩壊寸前まで追い込まれるアスカがである。もっとも、アスカは憧れる大人の男加持(カジ)が子供として真剣に相手はしてくれず、かつての恋人である同居人のミサトとよりを戻したのを知って、シンジにキスを迫り、キスしてしまうのである。そのあと口をすすいでいたが・・・
 この加持という男とミサトとの絡みも凄い。突然エレベーターでディープキス。さらには自分を責め続けるミサトの口をふさぐためキス。よりを完全に戻してからは画的な描写こそないが明らかに性的交渉の描写がある。「ちょ・・・こんなときに変なもの入れないでよ」これは死を覚悟した加持がミサトに託したネルフやエヴァ、人類補完計画などについて知りえた情報を隠したカプセルではあったのだが・・・
 また、アスカより、ほとんど記憶にない母(名前は碇ユイでこれも同じ年に放送していたガンダムWのヒイロ・ユイとおなじか。生没年は「1977~2004」となっていた。エヴァの舞台はイ一般には大質量隕石の衝突とされている、実は使途との接触でおこったセカンドインパクト-人類の半数が死滅-後の2015年である。東京は第2、第3東京市に遷都しミサト、加持、リツ子は第2東京大学の同級生である)を感じさせ、父の碇ゲンドウが珍しく執着する綾波レイのほうに惹かれており、彼女が死んだとき、ミサトはシンジのベットにきて「私にできるのはこれくらいしかないけど・・・」というのである。シンジが拒絶すると部屋を出ていって「女が怖いのかしら・・・寂しいはずなのに。いや、他人との接触を怖がっているんだわ・・・」って明らかにシンジを性的接触で慰めようとしたと言うことではないか。もっともペットのペンギンに声をかけて「誰でもいいのか。(加持を失って)寂しいのは私ね」と自嘲しているが。ミサトはシンジのよき保護者となり生きて帰ってきたときは泣きながら抱きついた。似た面もあり、弟のようで、息子のようでもあったのだろう。加持がいるときは14歳の男の子でもあり異性としては見てなかったが、加持が死んでどうも後2話しかないが、キスするみたいだし、「可愛らしく愛らしい年下の子」として見始めたのかもしれない。
 このアニメはまた、企画書の段階でターゲットを「小・中学生及び家族」となっていたのが信じられないほど、鮮血がふきあれる流血描写と、性的な暗示・直接描写、胎内回帰願望、フロイトらの精神医学用語、襲い来て人類を破滅へと追いやると言う「使途」や「アダム」、それをネルフ地下で十字架にかけキリストを刺したといわれるロンギヌスの槍(キリストを刺したといわれる公明な槍。当時とすれば一思想犯の処刑に使った道具など残っているはずもないが)、「人類補完計画」、「アダムから生まれし人の作ったエヴァ」などキリスト教系用語が乱立し、この難解さの面でも子供・家族向けとは到底いえまい。

 第24話は悲しい。5人目のエヴァンゲリオンパイロットとしてやってきた灰色の髪に赤い目の美少年渚カヲルは、たちどころにシンジに心をつかむ。。初登場時に口ずさんでいるのはベートーヴェンの第9交響曲の第4楽章の一節である。シンジが携帯デジタルテープ:^^プレーヤーで聴いてるのもベートーヴェンの第9である。シンジがシャワーを浴びて帰るというので、一緒に入って「君は一時的接触を異常に避けるね・・・怖いのかい?」「君の心は特に繊細だ。好意に値するよ」「好意?」「すきだって事さ」
 その後一緒の部屋で寝る。「何かぼくに話したいことがあるんじゃない?」というカヲルになぜか色々話してしまうシンジ。そんなシンジの顔を見て「僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない」と夢見る瞳で言うカヲル。
 カヲルはエヴァ5号機に乗るが彼が使徒だと判明。ここから7分あまりベートーヴェンの第9交響曲の第4楽章が7分ほど流れる。しかしカヲルは人間でなく、彼を殺さねば人類が滅びると言う。エヴァンゲリオンの巨大な手で、人間そのもののカヲルの体をつかんだシンジは-ここで画面は第9を流しながら1分間にわたって停止し、TVを見ていたひとはTVがおかしくなったと思った人もいるかもしれない。驚いた演出だ-彼を握りつぶしてしまう。
 そのあと、ミサトを後ろにうずくまり前面に夕暮れの湖(戦乱でできた人造湖)を見てシンジは言う
 「カヲル君がすきだって言ってくれたんだ、僕のこと」「初めて、初めて、人からすきだっていわれたんだ」「僕に似てたんだ、綾波にも」「好きだったんだ、生き残るんだったら彼の方だったんだ、僕なんかよりずっといい人だったのに!」
 この24話では、ベートーヴェンの第9交響曲が使われてるが、そのシラーの歌詞の一節「汝の天国の階段に足を踏み入れよう」というのが残り2話に続く、天国の門をあけるというエピソードの暗示らしい。しかし、個人的に他の一節もこのエピソード、いやシンジの内面のテーマを示していると思う。

 「一人の人間を真の友とする困難を克服したものや優しき妻を得た者は喜びの声を上げるがいい。もちろんこの地上でただ一人の魂でも自分のものだと言える者もだ!しかし、それができなかったものは涙を流してこの集いから去るがいい」

 シンジは、・・・母を幼少期に亡くし父は兄弟に彼を預け放任し、人付き合いに臆病になった彼は・・・カヲルによって始めて無条件に、しかも「生まれたの家族」ではない、他者によって「好きだ」と言ってもらえたのである。まさに「この地上でただ一人の魂でも自分のものといえる」存在を手に入れたと、第9を聴いていたとはいえこの詩が浮かんだかは定かではないが、この言葉が持つものに酷似した感情を抱いたのではないか。しかしすぐさま打ち砕かれる。これではもともと脆い彼の神経は・・しかもこの物語は大人が子供に「君にしか操れない」と言う理由で責任と負担を押し付ける物語である。

 しかし、性的・暴力・キリスト教的用語の乱発・他者とのかかわりの中でしか生きていくことのできない人間の問題など、とても子供向けとしては難解すぎる。

 好きなキャラはシンジとミサトだ。特に以前、単に暗いだけと思ってた(単に~だけ、というくくり方ができる人間などいないのだが・・・全ての人間が多様な側面を持っているのだ)。シンジの繊細で脆く崩れやすく、他人と視線を合わせない性格は、睫が長く時に女性のようにすら移る容姿ともあいまって、私は彼を、カヲルと同じように「好きだ」と言える。

 しかし、これまで「アニメが好きなのではなくたまたま面白い物語にアニメが多かっただけ」と思ってたがエヴァンゲリオンを見る前にあった恐怖はこれを見るとアニメ好きになってしまうのではないかと思ったからだ。クラシック音楽と、銀河英雄伝説(高貴な原作小説版。これさえあればベートーヴェン、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、マーラーの全交響曲、ワーグナー、ヴェルディの全オペラ・楽劇すらいらない。人類史上最高峰の虚構だと思う。これは今でも崩れない)、「砂の器」が救いだなあ。
 
 エヴァの音楽は以前から聴いていて今20歳以下の人では「残酷な天使のテーゼ」を知らない人の方が少数派では。またエンディング・テーマは「FLY ME TO THE MOON」だがはじめて聴いたときいい曲だなあと感心したが、友達から「それはジャズのスタンダード・ナンバーだよ」と言われ驚く。その友達は他の友人からエヴァンゲリオンを進められ全部見せられたが「わけわからんかった」と言っていたのもエヴァンゲリオンを見るのに偏見を持っていた理由といえよう。

 劇場版ではシンジが一人で性欲を処理する場面があるらしいし(とっても繊細なシンジに似合ってる女の声優さんだよ、彼の声は!)、アスカとミサトと温泉に入って女湯から聞こえてくる会話で下腹部に血液を充満させたりもしているので、ない公的なのは事実だが、可愛い顔をした普通の14歳だと思う。

 まあ、一人でするなんて14歳の男の子を本当にリアルに描くなら避けて通れないテーマだし、加持とミサトの性愛も成熟した大人の関係なら当然でちゃんと描いているのはこのアニメの特徴でそれも大好きなのだが。
  1. 2006/07/10(月) 04:53:38|
  2. アニメ
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嘘だといってよバーニィ・・・

 機動戦士ガンダム0080を見た。泣いた。いいですね。戦争に憧れる、中立コロニー(宇宙植民島)に住む少年アルフレッド・イズルハ(アル)。そこにふってわいたジオン軍の潜入とジオン兵バーナード・ワイズマン(バーニィ)との出会いと友情。弟のようなアルに、戦果があるようにかっこつけるバーニィ。単純に信じて、戦争に加わる(といってももちろん使い走りのようなもの)アル。しかし、連邦軍の新型モビルスーツ(人型機動兵器)の破壊がバーニィ達の潜入部隊のみでは不可能と知ったジオン軍はコロニーごと核兵器で破壊しようとする。それを阻止するため、バーニィとアルは新型モビルスーツアレックス・ガンダムを核攻撃の前に破壊しようとする。
 母親と父親が仲直りして列車で一緒に帰る途中、父と母との会話から、核攻撃に向かっていたジオン艦艇は、連邦軍に撃沈されたと知るアル。もう戦わなくていいことを知りバーニィに伝えようとするが、ときすでに遅く、反撃に新型に乗って出撃してきたのは、アルの家の隣の住民で、バーニィとも面識をもって互いに憎からず思ったクリスチーナ・マッケンジー(クリス)だった・・・
 戦争に憧れていた、中立コロニーの少年が、若い兵士と出会い友情を通わせ、最後に、コロニーを守るために、戦ってくれる存在を失ってしまう物語。バーニィは明らかに弟のように見ていたろう。核攻撃が行われるとしって、自分が何の戦果も挙げてないことを告白し、アルにも逃げるようにいうバーニィ。しかし憧れのバーニィの言葉を信じようとしないアル。一旦逃げるが、思いとどまり命を懸けて散るバーニィ・・・アルは、「コロニーを守るためにガンダムと戦う」といったバーニィに「大好きだよ、バーニィ」(英語音声では"I love you Barnny《「バーニィ」のつづりがわからんが・・・バーナードはBernard、だからBerny,Bernny,かな?》"でそのものずばりだったな・・・声が低めなのであまり好きでないが。吹き替えやった英語圏の人これに感動しなかったのかなあ?)という。胸が締め付けられる。「自分が死んだら見るんだ」といって渡されたディスクの映像を見て、そのあと戦争が終結した後新学期が始まるので始業式にいくが、何のとりえもない凡庸な、終わった戦争に対する校長の話で号泣してしまう。凡庸だが、それだけに体験者には身にしみたのであろう。友達のジェイとテルコッドは「楽しい」戦争が終わってアルが泣いたと思って、「またでっかい戦争があるさ」「そうすれば今度はもっと凄い武器とか拾えるかもしれないぞ」と慰めるが、無論傷心のアルに届く言葉ではなかった・・・

 これをみると「0083」のガトー少佐は独裁制支持の大量虐殺者だ。何が「再びジオンの理想を掲げるために!」か。「信念に殉じた熱い男」など有害極まる。ちなみに残念ながら音楽は0080はたいしたことはなかった。
クリスはバーニィと戦う前に市街戦をやり、バーニィの所属部隊の一人を殺し、数百名の人名を損失させたが、刑事がかぎつけてクリスに連邦のことを問うが、ノーコメントで通す。「戦わなければもっと多くの人が死んでいました」というクリスに「死んでいい人間なんてどこにもいないんだよ。数の問題じゃない」と脇役が人道的な台詞を吐くのもよい。クリスは反論できず押し黙る。
 「多数のために少数を犠牲にする」という、一見大人な主張は、銀河英雄伝説にもあったが、同じ銀河英雄伝説にある「貴様ら権力者はいつだってそうだ!多数の人間を救うために少数の人間を犠牲にしたといつだってそういうんだ!だがその少数のなかに貴様らの家族や貴様ら自身が含まれていたことがいちどだってあるか!」という、暗殺者の台詞で無効にできよう。「権力者」を「戦争を思想的に主導する文化人・言論人」などと置き換えても可。「戦争に行く覚悟はある」とのたまうやつもいるようだが、ガダルカナルにでも行って餓死してから言えと思う。自分の子供すら殺して食う状況なのだぞ、飢餓というのは・・・最前線の兵士に補給を確約できない国家は戦争をすべきではない。少なくとも補給が不可能になった時点で引くべきだろう。
 「死がそんなのいいものなら止めはしないから一度死んでみればいいじゃないか。なんでそんな奴に限っていつまでも生にしがみついているのだろう」(ヤン・ウェンリー。銀英伝は応用範囲の広い言葉にあふれてるなあ。これは輪廻転生論者に言った言葉だが・・・)。
 
 
 で、いいですね、0080。男の子役は女性が声を演じることが多いのですが、この10歳のアル少年の声は、男の子が演じてます。変声期前の男の子の声ってこんな可愛かったのね。傷心のアルを、父親か(本当の父は「最近落ち着きが出てきたんじゃないか」と妻に言ってるが・・・)兄として抱きしめて慰めてやりたかったなあ。小説版だとバーニィが生き残るらしいので、注文してしまいました。

 ああ、可愛い弟ほしかったな・・・ 

 
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005EDOI/qid=
1148980402/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/250-3217413-4763447
  1. 2006/05/30(火) 18:15:02|
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視聴終わり!

 「蒼穹のファフナー」、見終わりました!やはり、悲歌性に満ちたラストは、私の好みに合うようだ。酔っ払ってるので、「蒼穹」作戦概要説明との「蒼穹」という命名が、1984年10月31日初版の、「銀河英雄伝説」における、銀河帝国軍の、自由惑星同盟への侵攻作戦名を、ラインハルト・フォンローエングラムが「作戦名は神々の黄昏(ラグナロック)・・・」というのに、あまりに酷似しているなどの突っ込みや、細かい感想などは後日~。
  1. 2006/01/19(木) 23:25:00|
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「蒼穹のファフナー」

 今、2004年深夜に、全26話テレビ東京系で放送されたロボット・アニメ「蒼穹のファフナー」を急ピッチで見ている。15話くらいまで見て、しばらく見ていなかったのだが、フェストゥムと呼ばれる存在の出現で受胎能力を失った日本人、そしてその生き残りは竜宮島という場所に高度な防衛システムを備えつつ人工子宮で子供を作り、世界から敢えて孤立していた。それを見捨てて人類軍を結成し、世界各地でフェストゥムと戦い続けている「新国連」、そしてフェストゥムやあ、ジークフリード・システム、ビュリュンヒルデ・システムなどが徐々に明かされ、戦いに身を投じていき、青春の青臭さと、主題歌とエンディングテーマの雰囲気の象徴される、一種の悲歌性が全編を覆い、またBGMも斉藤恒芳作曲、演奏はワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団(ワルシャワ・フィルとその合唱団はプレイステーション用ゲーム「幻想水滸伝Ⅱ」、東野美紀作曲、村上氏《名前失念》作詞《ラテン語に翻訳》、のオープニング曲にも起用されている。私が知る限り、これ以外での女性のオーケストラ曲はほとんど聴いたことがない。菅野よう子氏のを聴いたような気もするが・・・)という、いまだ見ることのできない地域も多い(北海道は東部など過疎地域では受信できない)テレビ東京系の、しかも深夜枠の、そして「アニメ」にこれだけこだわるとは恐れ入る。
 一騎と総士の男の、屈折しながら、温かみを感じさせる友誼も非常にいい。このスタッフが前年に作った「宇宙のステルヴィア」もそうだが、思春期の子供たちの恋愛も脇役までパートナーを与えそうで、これはこれで見逃せない。
 また、今21話を見ているのだが、道夫とその恋人に自然受胎の可能性が出てきたようだ。「もしそうなら30年ぶりの快挙だ。島中大騒ぎだぜ」(道夫)。
 テレビ東京系は10年前にも「エヴァンゲリオン・ブーム」を引き起こしたが、それに酷似(設定上のなぞが多すぎる、悲しみを基調とした閉塞感漂うシナリオなど)しながら、エヴァンゲリオンにはまったく興味がないしこれからも見ないだろうが、「蒼穹のファフナー」は例外足りえた。おそらく「漂う雰囲気」が違うのだ。なんともいえないが・・・そして(自然)受胎能力を失った日本人、という設定が(これについてはアニメを見る前から雑誌で知っていたし、30年ぶりの自然受胎、という場面があることも知って、興味を大いにそそられたのだが、なかなか見る機会がなく今日に至ってようやく見ている。子供というものは、あまねくすべての生物種にとって未来そのものである。それを奪われた日本人、という設定は悲劇性とともに、どう展開していくか、これがエヴァンゲリオンとの違いである。(アニメや映画で綿密に敵勢力や対立に至った過程、そして現在同様に物事が進んでいるのか、を大局的視点で描くのは、それだけに1話や2話を割かないと難しい。この蒼穹のファフナーも状況の推移を描く過程でさりげなく世界観の設定や、謎の解明を同時進行でやっている)。
 
 何はともあれ早くアニメを見終わり、その後にワルシャワ・フィルとのBGM集1,2を、全曲聴くのが楽しみだ。
  1. 2006/01/19(木) 01:32:58|
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